目指せたちぱー作家への道のり

たちぱーがラノベ作家を目指します

根底は愛なんてクソくらえ 本当の愛と恋の話

 お久しぶりです。テスト勉強でブログも執筆も進んでません。

今日は、どうして人は性を求めすぎてしまうのかって話です。もちろん異性と付き合ったり、行為を行いたいという欲求は分かりますし、人としての本能であることは理解しています。

動物的本能です。ですが、周りを見渡せばその事しか考えてねえんじゃねえかみたいな、チンさんとまんさんで溢れてます。僕はそんな世界がきらいです。SNS上で付き合ってるアピールして自己顕示欲を発散している奴とか、常に声をかけたり、自撮りを載せたりして異性を探してる姿を見ると反吐がでます。

そんなことで生まれた関係に愛や恋と名付けているのは間違っている。

 ではここで本当の愛と恋について語る前に、

好きになるってことについて考えたい。

皆さんは人を好きになったことがありますか?

もちろん僕も人並みに好きになったことはあります。んで、その時に考えて欲しい。好きになる時って好きになりたいから好きになる訳ではありませんよね?

常に、異性を探してるあなた好きなろうとして好きになった人は好きな人ではありません。

そこには恋も愛もないことを理解すべきだ。

そもそも恋は探すものではないと僕は考えます。一人で寂しいから恋を探す?それは、孤独と向き合えない人の弱さです。

人は孤独と向き合うことで、成長し人生をより深いものにします。

孤独を感じた時、音楽や物語芸術に触れることで人間としての価値を高めていると僕は思います。凄い人ほど孤独と近いところにあると思います。

少し話がずれました。好きと恋とは偶然に起こりうる、男女間の関係における現象だと僕は思います。これは実は単なる組み合わせに過ぎないと僕は思います。そこに少しでも人為がまじれば偽物だ。では愛とはなんだろうか。

それはあたえることです。とか宗教臭いことは言いません。僕的に言えば愛は共有の延長のように思える。ひとつのことに対しての考えを2つの視点で見ることができるようにする。それが愛だと思います。感覚の一定に揃えることや、共有することを強制するわけではありません。今まで1つのものに対して1つで向き合っていたものを2つで向き合うときの自分以外の他との間に愛が生まれると僕はかんじます。

 

 

ということで、キツイレムオタクの歪みすぎた恋愛観でした。